日本小動物獣医師会
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2006年年次学会




 水際での狂犬病防疫−小樽市における狂犬病サーベイランスの現況−(2004.8)
人獣共通感染症委員会
佐藤 克、 杉山和寿
はじめに
 小樽市は狂犬病予防のためのサーベイランス指定地区である。今回小樽市保健所の協力により、港湾パトロールに同行する機会を得たので報告する。

小樽市の概要
 小樽市は北海道の道央、札幌市の北西35kmに位置する人口15万人の海港都市である。平地は狭く、海からわずか2kmまで山地が迫っている。小樽港の有する埠頭は港町埠頭(第1号)、第2号埠頭、第3号埠頭、中央埠頭、色内埠頭の5つであり、港町埠頭が最も大きい。小樽市における平成14年度の犬の累計登録数は5,584頭で注射頭数は4,921頭であり、狂犬病予防注射接種率は88.1%となる。また、小樽港地区における抑留頭数は59頭である。

小樽市に来航する外国船舶
 北海道を所管する第一管区海上保安本部によると平成12年度における北海道に入港する外国船舶の総数は12,518隻で、稚内港が3,752隻と最も多く、根室花咲港が1,648隻と続く。小樽港は3番目に多く1,570隻であり、この3港で北海道に入港する外国船の55%を占める。小樽港に入港する外国船のうちロシア船籍が1,284隻と全体の81.8%を占めている。また、来航するロシア船籍の船はほとんどが小型の漁船や貨物船であり、板を桟橋に渡す形で停泊している。このため犬の出入りは自由である。(図1.2)

 図1.及び 図2.接岸中のロシア船(板を桟橋に渡す形で停泊している)

ロシアの船員に対するアンケート調査(稚内港
 稚内市では上陸した船員による不法上陸させた犬の放し飼いや放置が増加したため、犬の不法上陸禁止啓発看板の設置、船員に対するパンフレットの配布、ロシア語での公報車による巡回指導を行っている。
 平成9年と11年に稚内保健所の小川らが稚内港に入港したロシア船籍の船員に対する狂犬病の意識調査のために実施したアンケートによると、全体の6割の船が犬を乗せており、その理由は航海中の寂しさを紛らわせるためというのがトップであった。航海安全のためと答えた船員は11%にとどまった。また、犬を連れてきた船員の99%が犬を上陸させてはいけないことを知っていながら、34%が不法に上陸させていることがわかった。また、船員の95%は狂犬病のことを知っており、連れてきた犬の81%にワクチン接種を済ませていると答えた。再入港時にも犬を連れてくると答えた船員は全体の76%に及び、不法上陸は今後も繰り返される危険性が懸念された。
図3〜図9 稚内港に入港したロシア船籍の船員に対する狂犬病の意識調査について
 北海道稚内保健所小川ら より抜粋

小樽市における抑留犬引き取り犬の防御抗体保有率
 平成14年における小樽市における抑留犬・引き取り犬のうち37頭の中和抗体は0.5IU以下が、62.2%である。(表1)他の稚内と根室花咲の2ヶ所をあわせた防御抗体保有率の平均は24.4%であり、非常に危険な状況がうかがえる。尚、引き取りのイヌの狂犬病防御抗体保有率が高いのは過去に予防接種を受けたことを示唆していると思われる(表2)

表1 平成14年度に港湾地区で捕獲引及び引き取られたイヌの狂犬病防御抗体保有状況
捕獲地域 %(防御抗体を保有するイヌの数/検査したイヌの数)
稚内
小樽
根室(花咲)
8.3 (1/12)
37.8 (14/37)
13.8(4/29)
3ヶ所の平均 : 24.4%
動物由来感染症対策としての新しいサーベイランスシステムの開発に関する研究 平成15年度報告書より改変

表2 平成15年度に小樽港地区で捕獲及び引き取りされたイヌの狂犬病防御抗体保有状況
(防御抗体を保有するイヌの数/検査したイヌの数)
イヌの由来 捕獲・引き取り犬の内訳 成犬の数/総数
住宅 港湾 郊外
捕獲
引き取り
14.3(1/7)
61.5(8/13)
0/1
5/8
0/2
0/0
1/4
3/5
7/7
13/13
注)中和抗体価が0.5IU/ml以上を示した血清のイヌについて防御抗体保有とした
動物由来感染症対策としての新しいサーベイランスシステムの開発に関する研究 平成15年度報告書より改変

ロシア船籍の船舶に対する小樽市の対応
 小樽市では入港するロシア船籍の船舶に対して、啓発パンフレットを配布し(図10)、埠頭を広報車両で巡回し、ロシア語で告知をしている。告知の内容は以下の通りである。
 「こちらは小樽市です。ロシア船のキャプテン様及び船員の方にお知らせします。狂犬病予防法により許可なく犬をロシア船から連れ出し、上陸させることはできませんので、注意してください。また、放し飼いの場合は捕獲されますので注意してください。なお、放し飼いの場合、罰金または損害賠償請求をされる場合がありますので、注意してください。」
小樽市では年間1〜2件の不法上陸犬の抑留が行われる。抑留される犬は長毛のシェパードの雑種が多く、姿でおおよその判断がつくという。連れてきた船員が放置して帰国する例もあり、市内の中古車輸出業者の家にはまるでロシアのそれとおぼしき容貌の犬が飼われていることもあるということだった。

小樽市のパトロール同行記
 港湾施設のパトロールは、「小樽市保健所」と表示した白のワンボックス車で行われる。小樽市保健所から港湾施設までは車で10分もかからない距離である。著者らがパトロールに同行したのは、平成15年8月22日、午後2時過ぎ、晴れ、気温は28度であった。北国小樽としては暑い日であった。この日、小樽港には十数隻の外国船が停泊していた。ロシア船が最も多かったが、北朝鮮の船も数隻接岸していた。ほとんどの船が、日本の漁船より多少大きい程度の旧式貨物船で冷蔵庫や自転車などのリサイクル品を満載して帰国していく。また、少し大きめの貨物船には中古車や半分に切断した車のボディ、タイヤなど自動車関連品を満載している。パトロール車は、外国船を見つけるとその国籍及びイヌ同乗の有無を確認しながらゆっくりと巡回していく。その際に拡声器で前述のアナウンスを流し、イヌを上陸させないよう告知している。そして、イヌを同乗させている船を発見すると上陸させないよう指導を行う。

 同行したパトロールの際にも同乗させてきたイヌを上陸させている現場に遭遇した。自動車部品などの貨物を忙しそうに積み込んでいたロシア船の前で船長らしい人物が交易相手と思われる日本人と談笑していた。その傍らに黒い大型犬がチラッと見えた。フラットコーテットレトリバーの成犬であった。同行した保健所職員は、イヌが上陸しているのを確認すると、すぐさま車を降り、船長と思われる人物のところへ駆け寄る。それを察知したロシア人が、急いでイヌを乗船させるよう船員に命じた。最近では、船員の方でも事情を承知していて保健所のパトロールカーが来ると上陸させていたイヌをすぐに乗船させてしまうとのことである。その後保健所職員は、船長に注意、指導をしていたが、傍らにいた日本人が職員に「どうして、こんな指導が必要なのか?」と詰め寄ってきた。彼にとってロシア人はクライアントであり、自分と談笑していた際の出来事だったため不快感を顕わにしていた。今度は、日本人に対して説明を繰り返す。狂犬病の恐ろしさに対して意識が低下している分だけ日本人に対する指導の方が難しいそうである。この間、イヌの方は船内に繋がれ、同乗してきた船長の家族と思われるロシア人に愛想を振りまいていた。

 この船の場合、接岸している桟橋からほんの数メートル離れた船室内に犬用のケージがあり、手を伸ばせばイヌに触わることも可能であろう。船内でイヌを離せば、上陸して逃亡することは容易と思われた。小樽港から数キロ南は森林である。キツネを始めとする野生動物も多く生息しているという。もし、狂犬病のイヌが逃亡して森林地帯に逃げ込んだらどうなるのであろう。
 今回、実際にパトロールに同行できたことにより、港湾施設における狂犬病動物侵入の危険度について改めて認識した。それとともに水際での防疫活動に従事する行政職員の苦労を目の当たりにし、防疫の最前線では地道で根気強い対応が必要であることを身をもって感じた。

まとめ
 世界で起きていることは日本に起きることである。と厚生労働省の係官が述べているように、交通の緊密化などにより、日本にはいつ人獣共通感染症が輸入されないとも限らない。その際、病気が侵入する門戸となる可能性の高いのは港湾及び空港である。最近、東アジアでは狂犬病による犠牲者が増加している。特に中国においては、2001年の狂犬病による死者数は854名、2002年に1003名、2003年は、9月までの統計ですでに1300名と急増といってよい。これらのことから、農水省は、輸入犬のワクチン接種は国内同様に、生後三カ月以上と規定し、1〜2ヶ月の間隔で2回接種した後に、輸入待機期間を現行の1ヶ月からウイルス潜伏期間とされる6ヶ月に延長するなどの省令改正を行う。

 「自分もイヌを飼っているが、いつも散歩をさせてやっている。ロシアのイヌだって船の中だけでなく陸地を歩きたいはずだ。船に乗せたままではかわいそうじゃないか。」ロシア人と談笑していた日本人の弁である。狂犬病のみならず感染症の侵入ということは全く考慮されない論理である。昭和32年を最後に狂犬病の発生がない「清浄国」である故の意識の低下は、小樽のみならず全国でうかがえる。防疫活動に当たる行政職員の最大の苦労もそこにある。しかし、「高病原性トリインフルエンザ」や「BSE」の例からも感染症は、いつ、どこで発生するとも限らない。

 狂犬病の蔓延を阻止するのに必要なワクチン接種率は、70〜80%といわれている。厚生労働省によれば、平成14年度に登録されているイヌは、全国で608万頭、狂犬病ワクチン接種率は、約77%である。しかしながら、実際の飼育頭数を分母とした接種率は、ある推測によれば50%未満であるといわれている。一方、平成14年度における小樽市の狂犬病予防注射接種率は88.1%と報告されている。この値は、一見蔓延防止に十分なほど高く思える。しかし、あくまでもその算出根拠は登録頭数の5,584頭に対する接種頭数4,921頭の割合である。登録されていない飼育犬を考慮すると、真の接種率はこれよりかなり低い値であろうと推測される。また、感染を防御するのに十分な抗体を有するイヌは、平成14年度の調査において、稚内、小樽、根室の平均で24.4%、小樽地区では37.8%と報告されている。さらに、これらのことから、狂犬病の侵入があった場合、蔓延の危険性は否定できない。さらに、平成15年度に小樽港地区で捕獲及び引き取りされたイヌの狂犬病防御抗体保有状況は、捕獲犬で14.3%、引き取り犬で61.4%であった。港湾地区から数キロ南の森林地帯には野生動物が生息している。狂犬病が野生動物の間に感染していけば非常に深刻な事態となるであろう。

 本会の年次大会では、狂犬病について一昨年度の仙台大会において人獣共通感染症委員会によるプログラムを、昨年度は札幌大会において市民公開講座を開催した。その際のフロアーからの質問等から推察すると、狂犬病予防法第8条以降(第三章狂犬病発生時の措置)に対する認識が低いような気がした。我々獣医師は、ワクチン接種率の向上を図ることはもとより、狂犬病が発生した場合の対処法についても熟知しておく必要があると思われる。このことは、狂犬病発生時に社会的不安を引き起こさないためにも重要である。自分の診療所に狂犬病の擬似患畜がきたらどうすればよいのか。その日があってはならないが、もう一度再確認をしておく必要があると痛切に感じた。
 稿を終えるにあたり、今回パトロールに同行することを許可していただいた小樽市保健所関係諸氏に心より感謝いたします。

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